寒水魚
寒水魚 / 中島みゆき (1982)
大人になってもロックばかり聴いているような私だが、それは高校くらいからのことで、もっと前はフォークソングとか、当時で言うニューミュージックみたいなジャンルを好んで聴いていた。さだまさしとかオフコースとかアリスとか、まあそんな感じの。
中島みゆきをいちばん聴いていたのは中学生から高校の初めくらいじゃなかったかと思う。アルバムで言うと79年のセルフカバーアルバム「おかえりなさい」から83年の「予感」まではリアルタイムで買って聴いたはずだ。
友達のお姉ちゃんからヤマハのアコギ(当時で言うフォークギター)を1万円で譲ってもらった時、最初に買った楽譜は「中島みゆき弾き語り全曲集」だった。この「寒水魚」あたりまでの曲が全部収録されていたと思う。
その後は洋楽ばかり聴くようになって、ニューミュージックとかフォークからは遠ざかってしまい、いつかギターも手放してしまったので、結局私が弾き語りできたのはほぼ中島みゆきの曲で終わってしまったような気もする(笑)
「寒水魚」は彼女の9枚目のアルバム。大ヒットしたシングル「悪女」の勢いを受けて、このアルバムも当時としてはかなり売れていた記憶があったが、今回この記事を書くためにリリース年などを改めて調べていたら、1982年のオリコン年間アルバムチャートの1位を取得していたということを今ごろになって知り、驚いているところ。
考えてみれば、当時、TVに出るような人気歌手のレコードはシングルが主流で、アルバムが売れるのはTVに出ないニューミュージック系の歌手、となんとなくニーズが分かれてたせいもあるのかもしれない。(ちなみに1982年の年間アルバムチャート5位までのアーティストは、みゆきさん以下、山下達郎、サザン、松山千春、オフコースと続く。)
なので今の年間1位と並べて考えるのは違うと思うけど、それでも彼女が最も大衆に受け入れられていた時代の作品だってことは言えるんじゃないかと思う。
「生きていてもいいですか」という暗黒のようなアルバムから這い上がり(笑)ちょっと明るさが見えてきたのが「臨月」、それに続くこの「寒水魚」「予感」とここまでの3枚は、なんとなく3部作というか3姉妹のような印象がある。その3作の中でもやっぱり本作の楽曲群がいちばん粒揃いだと個人的には思っている。
ただ、今になって聴くとやっぱりアレンジがちょっと古い。「悪女」はシングルバージョンからガラッと印象を変え「ロックなテイスト」になっていて、歌い方もやさぐれたような感じになっているけど、無理に「悪女」を演じているようで、ここだけは当時もあまり好きじゃなかった。(いろんなアレンジや方向性を模索していた、のちに彼女自身が「御乱心時代」と振り返る迷走時期の始まりがこのあたりだったとも言われている。)
「捨てるほどの愛でいいから」は当時のLPレコードで言うとA面最後の曲で、「ここで第一幕終了」って感じだった。ストリングスの入った壮大なアレンジで、その頃の音楽誌かなんかのレビューで「越路吹雪をも思わせる」って書かれてたくらいにドラマチックな歌になっている。最後は泣きながら歌ってるような声で、こういう芝居がかったところ(前述の悪女っぷりもまた然り)が、のちの「夜会」に繋がって行ったんじゃないかとも思う。
そういうアレンジのせいで、今聴くとちょっぴり時の流れを感じてしまわないでもないけど、歌詞やメロディーは時代を超えて訴えかけてくるものがある。
老いた女性を主人公にした「傾斜」などは、10代で聴いた当時よりも、当然今の方が切実に沁みてくるし(笑) 昔あまりピンと来なかった「砂の船」のシンプルな言葉の美しさも今だからこそわかるようになった。
自分の思考や行動原理が形作られるまでには、いろんな映画や音楽や小説や漫画、その他もろもろの、誰かが作り出した何かから影響を受けていると思うんだけど、私の場合、その中の一部にきっとこのアルバムも含まれている。
例えば、今でも夜中にふと海の音が聞きたくなってひとりで出かけたりしてしまうのは「時刻表」の「今夜じゅうに行ってこれる海はどこだろう」が潜在意識の底にあるからだろうし(笑)そこまで具体的じゃないにしても、このアルバムの曲の言葉のいくつもが、いまだに私の中で生きている事は間違いない。
そしてアルバムを締めくくる最後の曲、(LP盤なら第二幕の終了の)「歌姫」。
彼女の作品の中で、おそらく一番好きな曲。
数年前、彼女のPVやライブ映像をまとめた映画を劇場で見たことがあったが、この曲がタイトルになっているだけあって、圧巻だった。
(「歌姫」は動画の0:45あたりから)
当時のような優しい歌声に、気付けば見ながらただただ涙を流していた。
この曲が収録されていることだけでも、私にとってこのアルバムは特別な一枚だし、そして私にとっての「歌姫」は、これからも中島みゆきただ一人であり続けるのだろうと思う。
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