Fantome
Fantome / 宇多田ヒカル
「人間活動」に専念すると宣言して一切の音楽活動を休止していた宇多田ヒカルが、ついに帰って来た。オリジナルアルバムは実に8年ぶりのリリースになるらしい。そうか、「HEART STATION」からもうそんなに経つんだ。
宇多田ヒカルの登場は、日本の音楽界にとって、本当に大きな衝撃だった。ビートルズの登場でロックの歴史が変わったように、マイケル・ジャクソンの登場でダンスパフォーマンスの歴史が変わったように、日本のポピュラーミュージックは彼女が現れる前と後では大きく変わったと言っても過言ではないと思う。
今のようにネットもなく、夕方に食事の支度をしながら聴く地元のラジオ局の帯番組が、私にとって唯一、新しい音楽に出会うことが出来るメディアだった頃。
毎月、注目の新人を取り上げる「パワープレイ」的なコーナーで彼女の歌を初めて聴いた。
「7回目のベルで受話器を取った君」っていう歌詞を「な♪ なかいめのべ♪ ルで受話器 いを取ぉったき みいぃい」なんて聞いたこともないような区切り方でメロディに乗せて歌うこの女の子はいったい何なの?…え?藤圭子さんの娘?へええ、すごいな。
そんなこと思いながら毎日聴いているうちに、すっかり彼女の声のとりこになり、「Automatic」のシングル(←まだ8cmCDだったw)が出てすぐ買いに行った。18年前の年暮れのことだ。
ほどなく彼女の名前は日本中に知れ渡ることになる。音楽番組だけでなく、主婦向けのワイドショーでも、連日のようにこの驚くべき才能にあふれる少女のことを取り上げた。どこに行っても有線放送では彼女の歌声が流れていた。
デビューアルバム「First Love」はあまりに売れ過ぎたせいか、こんな田舎にまではなかなか回ってこなくて、地元CDショップの店頭にちゃんと並ぶようになったのは発売から1ヶ月以上過ぎてからのことだったと思う。やっと手にしたCDを聴き、10代とは思えない歌唱力と音楽性の高さには本当に感服した。繰り返し繰り返し聴いたけど、飽きることはなかった。
その後も彼女はいろんな話題でメディアに取り上げられ続けた。私は彼女のプライベートにはあまり興味はなかったけど、音楽だけはなんとなく聴き続けていて、「HEART STATION」までのオリジナルアルバムは一応全部買ったはずだ。
音楽活動を休んで「人間活動」に専念するって話を知った時、彼女らしいなと思った。いつかきっと戻ってくるんだろうって信じていたからあまり寂しくはなかった。
そして、期待通り、彼女は帰ってきてくれた。「人間活動」を経て、30代の成熟した大人の女性になって、母になって。ひと回りもふた回りも大きくなって、戻ってきたのだ。
今回の作品で、いくつか新しく彼女が挑戦していることのひとつ、他のアーティストとのコラボレーション。まさかの、そして夢のようなこのデュエットだけでも、一聴に値する。
今までの作品に比べて、歌声にも楽曲にもすごく等身大の彼女が感じられる、っていうのがまず聴いてみて思ったことだった。若い頃の作品のように背伸びしているようなものではなく、素に近い、でも凛とした姿でそこに力強く立っている彼女がしっかりと見える作品ばかりだと感じた。
そして以前の曲に比べて、さらに言葉の美しさが感じられる歌詞の曲が多いような気がする。メロディーに独特な言葉の乗せ方をするところは相変わらずだけど、前よりもストレートに心に響いてくる言葉が多い。日本語を外から見ることが出来る彼女ならではの、音としての捉え方や意味の取り方が垣間見えるようで、こういうところがやっぱり他の人には真似できないところなんだろうなと改めて思う。
生まれてから数年の間に基本になる人格が形成されていくのに、大人になったらその頃の記憶が思い出せない、だけど自分が母になって、その頃の過程をいま辿っている子供を見て、自分のルーツがわかった。…そんなような話をこの間の「SONGS」で彼女は語っていたっけ。(なるほどなあ、さすが、考えることが違う。私は自分の子供が成長するのを見ててもそんな事考えつきもしなかったよw)
自分の原点が母にあることも、そこで強く感じたのだろう。彼女が母との悲しい別れを乗り越えたことで生まれた「道」や「花束を君に」などの曲たちは、今までにない説得力で心を打つ。
キャリアを積んでも衰えず、変わらないことが魅力のアーティストもたくさんいるだろう。だけど年相応に変わっていくことのできるアーティストの方が、私はずっと好きだ。今回のアルバムを聴いて、そのことに改めて気が付いた。
彼女自身と共に成長していくであろう彼女の音楽を、これからも待ち続けたい。そして彼女が戻ってきたこの国の音楽シーンの今後が、とても楽しみだ。
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